ある日,久しぶりに古いCDラジカセで音楽を聴いてみた。心が洗われた。就職したての頃は,毎週1枚のCDを買って,夢中で聴いていたものだ。それが,結婚して以来,買わなくなったし,音楽も聴かなくなった...これではいけない。自分自身のために,「音楽館」のページを作り,聴き直した曲の感想を書いていくことにした。1970年代のプログレッシヴロックが興味の中心だが,これを読んだ人は,これらのアルバムを聴いていただければと思う。もちろん,音楽に関する個人の趣向の違いは想像以上にあることは承知している。しかし,傑作のみしか載せないつもりだ。

●WALK ON(ボストン,1994年,MCA,輸入盤1,500円)98/12/26

ボストンのデビューアルバム「幻想飛行」の最初の曲「宇宙の彼方へ」(1978年)を初めて聴いたとき,しばらく唖然としていたものである。10年も前のことであろうか。空間を音のキラメキが踊っている!あまりの驚きに何度も何度も針を戻した。「WALK ON」は,寡作家のボストンにして,ようやく4作目のアルバムだ。十数年たてば,普通のアーティストは,ほぼ例外なく衰えるのだが,ボストンに関しては別だった。特に4曲目の「WALKIN′AT NIGHT」から7曲目の「WALK ON(some more)」までの流れは,緊迫感と驚きに満ちている。先が読めない曲が好きなのだが,次のフレーズはこうかなという予想を見事に覆してくれる緊張感がたまらない。5作目が実に楽しみである。

●TIME(E.L.O,1981年,CBS/SONY,2,800円)98/12/26

E.L.Oは,大好きである。史上最小のオーケストラとして,バイオリンなどのストリングスとロックを融合させたプログレッシヴな前半期,シンセを活用したポップを目指した後半期,どのアルバムをもってベストとするか非常に悩ましいところである。ポール・マッカートニーと並び評されるメロディーメーカーのジェフ・リンの絶頂期でもあり,E.L.Oというグループの最終到達点という意味から「TIME」を選んだ。コンセプトアルバムとしての完成度は,1974年の「ELDORADO」が上であろうし,なだれこむような勢いと感動は,「A NEW WORLD RECORD」(1976年)や「OUT OF BLUE」(1977年)の方が上だ。しかし,1曲目の「プロローグ」から3曲目の「ロストワールド2095」までのポップとしての心躍る思いは,これ以上はないと断言できる頂点であろう。事実,E.L.Oは,この後,2枚のアルバムを出したが,「TIME」の模倣のレベルにも達せず,消えていったのである。特記しておく。E.L.Oは,確実にビートルズに匹敵する。

●燃ゆる灰(ルネッサンス,1973年,東芝EMI)98/12/27

昔々,とある編集物のCDを何度か目に聴いていた。それまで気にならなかった1曲が急に気になりだした。もう一度聴いてみた。傑作だ・・・。宝石のような美しい旋律が転調を繰り返していく。迫力のあるイントロダクションと一転してアコーステックギターと透明感のある歌声。奥付を見てみると,ルネッサンスとある。いったい,どんなアーティストなんだろう。レコード屋に行って,探してみたが,全然分からなかった。それから数年が過ぎ,やっと,ルネッサンスのアルバムが復刻されるようになった。その曲が,この「燃ゆる灰」の1曲目の「CAN YOU UNDERSTAND?」である。ルネッサンスは,プログレッシヴロックの純粋な結晶である。傑作の度合では,1977年の「お伽噺」を採るが,思い入れとしてはやはりこれである。最近,ルネッサンスが再結成されて,ニューアルバムが出たというので,すぐさま聴いてみた。駄作だ!何度も聴かねば良さが分からないその難解さもないし,だいたい,長いイントロもなくて,すぐ歌に入るなんて,断じてルネッサンスではない。

●ウォーターマーク(エンヤ,1988年,wea,2,348円)98/12/29

評判を聞きつけ,早速聴いてみたところ,びっくり仰天したのが,このアルバムである。目をつぶって,大音量で聴いていただきたい。心をゆさぶる天上の音楽だ。言葉では表現し難い。「オリノコ・フロウ」も良いが,1曲目の「ウォーターマーク」はもっといい。結局全部好きである。驚きのあまり,輸入CDを探しまわり,1986年の「THE CELTS」(当時は,日本語版も出てなくて,題名もただの「ENYA」であった。)を聴いたが,完成度はやや低いものの,別な意味で同じくらい心をゆさぶった。その後,2枚のアルバムを出してくれたが,その度に有頂天になって買ったものである。しかしながら,どうも,「ウォーターマーク」の水準を維持することは,エンヤにも出来ないようだ。とは言え,凡百のアーティストとは一線を画する出来ではある。5作目が出たら,やはり有頂天になって買うであろうことは間違いない。

●地底探検(リック・ウェイクマン,1974年,A&M,2,000円)98/12/30

なにから書けば良いのか。これは,もはやロックではない。オーケストラと競演した新しいクラシック=ロック交響曲とでも言えようか。雄壮でかつ繊細な旋律を誉むべきか。また,SFの祖ジュール・ヴェルヌの心躍る冒険小説「地底探検」に題材をとり,見事に音楽化したことに驚くべきか。まず,古本屋に行って,創元推理文庫の地底探検を探すと良い。本を読むこと自体が低迷している現在では,版元でも品切のはずだから。そして,是非,19世紀の傑作冒険小説を読んでいただきたい。最近の複雑で神経症的な小説なぞくそくらえだ。そして,この「地底探検」に針を落としてもらいたい。そうすれば,私の言いたいことは,これで全て分かるはずだ。

●永遠の序曲(カンサス,1977年,CBSソニー,2,800円)99/1/2

前に書いたボストンといい,カンサスといい,アメリカの都市(シカゴもあるね)から採ったいかにもくさそうなネーミングである。日本のロックグループが,「水戸」とか「前橋」とか名前をつけるようなものだ。ところが,どちらも驚くほど洗練されたプログレッシヴな曲を作る。カンサスの方がより難解か。「永遠の序曲」は,常にクラシック寄りであったカンサスの頂点だろう。曲として,カンサスのベストは1975年の「ソング・フォー・アメリカ」であるが,アルバムとしての完成度はこちらを採らざるを得ない。ドラマチックな導入の「伝承」から複雑怪奇な最終曲「超大作」まで実に辛口だ。カンサスは,この後,大衆に迎合したよりポップな曲作りを目指すが,よくあるように,失敗して消えていく。アルバムが売れても,シングルカットが出来ない(売れない)ともうからないのか。

●THE MOODY BLUES/GREATEST HITS(ムーディー・ブルース,1989年,Polydor,3,100円)99/1/4

ベスト版を載せるなんて,ずるいだろうか。もちろん,ムーディー・ブルースのアルバムは殆ど持っている。しかし,どれをベストとするかとすると,あまりに難しい。名曲「サテンの夜」を擁し,ロック史上初めてフルオーケストラと競演した「ディズ・オブ・フューチャー・バスト」(1967年)か,最高傑作と呼ばれる「童夢」(1971年)か。「魂の叫び」(1981年)も捨て難い。しかも,ムーディー・ブルースは,どのアルバムの曲も確実に一定のレベルは保っているが,凸凹がない分,これだけはというアルバムもないし,そもそもアルバムの数も多い。と,言うわけで,うまいとこ取りのベスト版にした。どれをとっても安心しておすすめ出来る曲だ。特に,4曲目の「ストーリー・イン・ユア・アイズ」など実にいい。それにしても,このムーディー・ブルースというグループ。1964年結成の古い古いグループなのだが,なんと現代的で躍動感ある,かつ,なまめかしい曲を作るのだろう。

●彩−エイジャ(スティリー・ダン,1977年,MCA,2,000円)99/1/9

スティリー・ダンは,ずいぶん(何度も何度も)聴いた。しかし,まだ消化しきれない。ジャズとのクロスオーバーなのだろうが,ゆったりとやさしく流れるメロディーのああ,何と説明すれば良いのか。計算されつくしたみごとな職人芸でもある。最初の頃のアルバムは,少々泥くさい感もあったが,このアルバムで,それから飛び抜けた。彩は,スティリー・ダンである二人の天才が,多くの時間とスタジオミュージシャンを使って作ったもの。金と手間をかけても十分ペイできることを証明したアルバムでもある。彼らは,この後,最後のアルバム(これも,宝石と言える)「ガウチョ」(1980年)と作った後,音楽性の絶頂期にもかかわらず,なぜか活動を停止してしまう。せめて,もう一枚出してくれたなら・・・いや,逆に,才能が枯渇していって,ずるずると売れなくなり,解散していく一般的なパターンと比べ,なんと潔いことかとも思う。

●TOTOW(TOTO,1982年,CBS,輸入盤1,680円)99/1/10

ずば抜けたグループではない。唯一無二のスターがいるわけでもない。一流のスタジオミュージシャン達が集まったグループだが,事実,メンバーは驚くほど入れ替わっている。グラミー賞を受賞してはいるが,一時期は,軽いポップスの代名詞のような扱いをされ,売れはしたが,絶対的な評価は,決して高いグループではない。しかし,時がたては,必ず再評価されるのは間違いない。やさしくて,それでいて,スリリングなTOTOのサウンドは,実に心地いい。軽い気持ちで聴きたい時に最高である。1978年のデビューアルバム「宇宙の騎士」から1988年の「ザ・セブンス・ワン」までの7作は,どれをとっても一定の高いレベルを維持しており,安心してお勧め出来る。その中でも,このTOTOYは,2つの名曲「ロザーナ」と「アフリカ」があるため選んだ。なお,一時活動停止後に発表した8枚目以降のアルバムは,まったくお勧めは出来ない。ロックへの原点と称したのは良いが,ロックスピリッツを新たに獲得するどころか,従来のTOTOサウンドまでもがまったく消滅してしまった。

●サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(ビートルズ,1967年,craig,輸入盤1,500円)99/1/27

ようやく,ビートルズである。やはり,ビートルズは,天才だろうと思う。1967年に,このような楽しいコンセプトアルバムが作れるのだから。ビートルズの作った名曲は数多い。このアルバムを聴くと,スタンダードと呼ばれるような曲はないが,ビートルズの絶頂期であることはよく分かる。いや待て。エンディングに「A DAY IN THE LIFE」がある。なんと複雑でドラマティックな曲をこの1967年に作れたのか?この頃は,既にマッシュルームカットを卒業して(楽器も上手になり),ビートルズのメンバーがまだ仲が良かった頃だ。この数年後には,ビートルズは喧嘩別れの形で解散していくこととなる。解散後のソロ活動を考えると,ジョンは疑いもなく天才だった。ポールは,並以上の才能の持ち主であった。ところが,ビートルズというグループの中でジョンとぶつかると,ポールは,ジョン以上の天才を発揮した。ビートルズサウンドの神髄はポールにある。いまさら,ビートルズを誉めるのは,気恥ずかしいような気がする。しかし,間違いなくビートルズは,前人未踏の地を切り開いた先駆者でもあり,その曲は永遠に残るだろう。

●オリジナル・サウンドトラック(10cc,1975年,mercury,2,300円)99/1/31

どうも,10ccは当時キワモノ扱いされていたように思う。興味あるグループ名(意味は,アルバムの解説にある)と,一風変わった音楽。ところが,今聴くと,何と美しいメロディであることかと驚く。このアルバムの2曲目「アイム・ノット・イン・ラブ」は,誰しも必ず喫茶店などで一度は耳にしている名曲だ。続く「びっくり電話」(1976年)−へんだ,へんだと思いつつ,総合力では,このアルバムが一押しか・・・−の9曲目「電話を切らないで」も,おかしいような,かなしくなるような不思議な名曲である。その後,この4人のグループの中心であると思われたゴドレイ&クレームが脱退するという未曾有の危機(ビートルズでいえば,ジョンとポールが脱退するようなもの)にもかかわらず,残ったスチュワート&グールドマンの二人は感動的な傑作「愛ゆえに」(1977年)を発表し,大向こうを驚愕させた。声はもちろん違う。曲作りも少し単純になった。しかし,美しい。今,その4曲目,「恋人たちのこと」をためいきをつきながら聴いている。

●ハート・オブ・シカゴ(シカゴ,1989年,wea)99/2/1

今からちょうど10年前に買ったアルバムである。奥付を見ると,シカゴ1から19までからのベストアルバムとある。今,いくつまで出ているか確認していないが,兎に角恐るべき多作家である。シカゴのアルバムで持っているのは,これ以外にグレイテスト・ヒッツVOL1及び2であり,どれも,ベスト版ばかりである。昔からとても1枚1枚買い切れないと考えていたようだ。ブラス・ロックと言われ,実験的で,社会的メッセージ色の濃かった初期のシカゴ(こちらの方が実は好きである)から,美しいバラードに魅力を発揮しはじめる後期シカゴ。(初期作品を除けば)一筋縄ではいく曲ばかりではある。これらは,少しだけ泥くさいが,不思議に暖かいメロディであり,決して評価をケチっているわけではない。このアルバムには,なんといっても,5曲目「素直になれなくて」がある。この曲は,シカゴのベストでもあり,同時にバラードの至宝である。10年前の私と同じように,この曲を聴いて,是非震えてもらいたい。生きることは,無駄なことばかりではないことが分かるはずだ。

●ホテル・カリフォルニア(イーグルス,1976年,ASYLUM)99/2/17

世紀の傑作である。10年に1度などのレベルではない。何となく泥臭いようなイメージのあったイーグルスが,この一曲で歴史となった。実に単調な曲であるが,なんと官能的であることか。退廃的なメロディーと歌詞に流れる感動。これを初めて聴いた時の愕然とした想いがまたよみがえって来る。このアルバムのなかで,この一曲以外に推せるものはない。と言うか,あまりに「ホテル・カリフォルニア」が優れすぎている。ひとつの曲として,空前の傑作であり,絶後かも知れぬ。最高点をつけよう。イーグルスが「ホテル・カリフォルニア」レベルの曲をあと2・3曲も作れていたら...プレスリーもビートルズも,ロック界の代名詞の地位にとうてい座れなかっただろう。

●アローン・アゲイン(ギルバート・オサリバン,KITTY,2,812円)99/3/10

このアルバムは,ベストアルバムであり,オリジナルのものではない。ジャケットのどこを見ても,発行年が書いていない妙なアルバムだ。日本で編集されたらしいのだが。オサリバンは,アローン・アゲインに始まり,アローン・アゲインに終わる。この曲自体は,1972年に書かれた曲だと思われるが,オサリバンの人となりや曲の詳細は残念ながら知らない。知ろうとも思わない。曲が全てを語るからだ。やすらぎにあふれ,そこに流れる孤独感と素直で不思議な懐かしさ。時代を超えた美しさである。「また,一人になってしまった。」

●パラダイス・シアター(スティクス,1981年,ポニーキャニオン,2,000円)99/4/30

さて,スティクス。評価が難しい。軽いポップにプログレの味付け少々。少年少女が喜ぶノリだ。アイドルにしてはちょっと知的じゃないか。ところが,1979年の「コーナーストーン」から驚くべき美しい曲を作り出す。「コーナーストーン」からは涙が出るような,流れるような美しい旋律の「ベイブ」。そして,この「パラダイス・シアター」は,大人のためのアルバムとでも言うべき高度なトータルアルバムであり,5曲目の「ザ・ベスト・オブ・タイムズ」を頂点に,パラダイス・シアターの興亡を高らかに歌い上げたのだ。

●ハートに火をつけて(ドアーズ,1967年,WARNER-PIONEER,2,000円)99/4/30

ドアーズのデビューアルバム。洗練されたシロモノじゃない。前述の「サージェント・ペパーツ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と同年に発売されたとは信じられないようだ。個人的にも決して好みとは言い難い。しかし,だ。ジム・モリスン率いるこのグループには,狂気じみた何かがある。このベストセレクションより外せない何かが。単調なドラムに叩きつけるようなボーカル。うーむ。美しくはないが,無視は出来ない。

●プログレッシヴ・ロック(フォーカス他,FROCE,2,600円)99/5/28

メーカー不詳のワゴンに売っている安価CD。定価は2,600円とあったが,1,500円で買った。消費税がなかった頃の話である。しかし,これは良い買い物であった。前述のルネッサンスもこれで発見したし,イエス,キング・クリムゾンなど有名どころはきちんと押さえている。この頃は,まだCDが出そろっておらず,かつLPが消えつつある時代だったので,このアルバムで発見したお気に入りのアーティストをCD化され次第,買いそろえたことになる。気に入った曲で,どうしてもCDが出なかった(かなり後年まで)のが,フォーカスの「ホーカス・ポーカス」である。「悪魔の呪文」と訳されたこの曲は,度肝を抜くかん高いヨーデルとキレの良すぎる怒濤のギターで,なんとも言えない開放感を味あわせる。後年,ようやく1枚だけアルバムがCD化されたのが,「フォーカス・アット・ザ・レインボー」(1973年)である。なんと,フォーカスは,オランダのグループであった。それは,悪くはなかったが,残念ながらライフ録音のため,やはりスタジオ録音である本アルバムの「ホーカス・ポーカス」の方がいい。

●QUEEN GREATEST HITS(QUEEN,1981年,東芝EMI,2,548円)99/6/13

今宵は実に心が躍る。今日QUEENのアルバムを買ったのだ。このアルバムを買うのは実は2度目。1枚目はだいぶ前に人に貸して戻ってこない。最近,妙にQUEENが聞きたくて,ついにがまんが出来なくなり,ずいぶんと久々に新品のアルバムを買ったのだ。そして・・・記憶にあったQUEENより・・・遙かに・・遙かに・すばらしかった。思い起こせば,高校時代,夕方のテレビ番組でQUEENのプロモーションビデオ「キラー・クイーン」を見て・聴いたのがQUEENそしてロックとの馴れ初めであった。当時,これがロックというものか。なんと,うるさくて,そして美しいのだろうか。と思ったものである。今,あらためて聴いてみると,QUEENは断じてハードロックでもベビメタでもない。どちらかというとバラード系,テンポよりメロディ,アドリブより緻密な計算,そして明らかにプログレッシヴロックだ。この空間の音楽の使い方。転調に転調を繰り返す不思議なメロディ。全てに弱点がない完璧なグループだ。そして今,QUEENのメンバーで,かん高くてすばらしく幅のあるなまめかしい声のヴォーカル,フレディーのことを考えている。QUEENの多くの曲の内でも名曲とされる傑作の殆どは彼が書いている。彼は死んでしまった。もう,新しいQUEENの曲を聴くことはできないのだと。

●ヨシュア・トゥリー(U2,1987年,ポリドール,3,500円)99/11/20

荒涼たる空間の広がりを感じる。心の底からの燃えたぎる怒り・・・。あまり好んで聴くアルバムではないのだが,ユニークである。ユニークとは,唯一無二であること。1曲目の「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム」の暗いドラミングから始まって,最後まで期待を裏切ることはない。単調な繰り返しを使うのだが,それは決して単調ではなく,極めて複雑なのだ。おそらく,後何年かしたらこのアルバムの本当の良さが分かるのかも知れない。

●クリムゾン・キングの宮殿(キング・クリムゾン,1969年,ヴァージン・ジャパン,2,800円)99/12/18

1曲目の「21世紀の精神異常者」は,なんなのだ。これは。確かにキング・クリムゾンは,プログレの代名詞的存在。謎のメロトロン(シンセサイザーの前身のようなもの)を縦横に使用した実験的先進的作品なのだろうが,ウーン・・・と思った。しかし,2曲目の「風に語りて(I TALK TO THE WIND)」は一転して非常に美しかった。そして分かった。空間の広がりの中の静かな旋律とそれに相反するようなドラマチックな展開。プログレの代名詞と呼ばれたわけが。

 小鳥の囀りが聞こえる...ミニー・リバートンが残した「ラヴィン・ユー」。

 ミニー・リバートンは,さまざまなグループやセッション,大物ミュージシャンのバックコーラスなどに参加しながらも芽が出ない長い長い下積み生活を送っていた。アルバムを出してみたものの,ヒットせず。売れず・・・そんなある日,ミニーがある音楽関係のコンヴェンションに出かけた時のことである。大スター達が次々とライヴ演奏を行っていた。ミニーは,その中に好きでたまらないスティーヴィー・ワンダーの姿を見かけると,思い切って話しかけてみた。そう。スティーヴィーにとっては,こんなシーンはいつものこと...ファンサービスだと思って,サインをするためにステーヴィーは辛抱強く,その興奮に顔を赤らめている若い女性に名前を聞いてみることにした。

 「リバートン・・・ミニー・リバートンです」
 一瞬,スティーヴィーの顔色が変わった。ミニーがひどくめんくらったことに,スティーヴィーは,彼女について熱心にいろいろと質問し出したのであった。
 「私も君のファンなんだよ」
 実は,スティーヴィーは,アングラで流れていた彼女の声を聞いたことがあり,彼女の才能の輝きと,「ミニー・リバートン」という名前を覚えていたのである。
 
 スティーヴィーのプロデュースの元,ミニーはデビュー・アルバムを制作した。スティーブィーは二曲をプレゼントしてくれた。その内の一曲「パーフェクト・エンジェル」がこのアルバムのタイトルとなった。このアルバムからシングルカットされた曲が全米ナンバーワンにして,永遠の名曲「ラヴィン・ユー」。彼女が夫のリチャードと共に書きためていた曲のひとつ。夫といっしょに,小さな家の庭で赤ちゃんをあやしながらこのデモテープをいつも聴いていたのだ。何かひとつ足りないものがある・・・そう。「いつも聞こえていた小鳥のさえずりよ」
 ミニーは,この曲に小鳥の囀りを加えた。
 
 二年後,ミニーは胸にかすかな痛みを感じた。彼女はその後数年を果敢にガンと戦った。一時は病魔をねじ伏せたかに思えたのだったが・・・残り少ない命を燃やしてレコーディングを続けるミニー最後のアルバム「ミニー」を完成させると,ついに彼女は力尽きた。
 ミニーが亡くなる前の晩。病室にスティーヴィーが見舞いに訪れた。彼は,「ミニー・ゲット・ウエル・スーン」(ミニー。早く良くなってね)という曲を書いてやってきたのだった。そして病院のミニーの病室には,スティーヴィーの渋い小さな歌声が響き渡った・・・。

 「ラヴィン・ユー」を聴いた。上に書いたことは,もう20年以上も前のことだ。5オクターヴ半の声域を持つ「完璧な天使」と呼ばれた歌姫・ミニーが若くして亡くなってから──。なんてやさしくてせつなくて,そして,やっぱりやさしい歌声なのだろうか?

 


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